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2005年5月

次の場所へ

 今日、仕事の契約が終了した。仕事がラク(自分の嫌いではない分野でそんなに難しくなく、自分のペースでできる、せかされない)、人間関係がラク、アフターファイブが充実(通勤経路の街の雰囲気が好き、毎日が旅!)と言うことなしの職場だった。でも、今日でお別れ…

 長期の仕事でイヤなのは、会社の人とかなり知り合いになってしまうので、いろんな人に挨拶しなければいけないことである。苦手苦手。挨拶される方も面倒だろうし。へらへら笑ってごまかしてしまった。

 送別会もやっていただき、お花だのプレゼントだのもいただいてしまった。社員時代、退職する人や結婚する人が常にいて、いつも宴会や贈り物の準備に追われていてうんざりだったことを思い出した。みなさんにそういう負担をかけないためにも短期の仕事でやってきたのにね。すみません。

 この年代でこんなに気楽に仕事してるの、私くらいだろうな…世間のみなさん、ごめんなさいm(_ _)mでももう終わりですから、残念!これからは、イバラの道です…

 このブログを読み返してみて、本当に夢のような日々だったと思う。この気持ちのまま生きていけないだろうか。これからどんな仕事に出会うんだろう。遊牧民、居心地のいいオアシスを離れ次の場所へ旅立つ。同じ場所に留まっていてはいけないのである。

 

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被害妄想、自意識過剰

 朝11時頃、起きてぼうっとしているときに家電が鳴った。

 最近、家電に電話がかかってくることは滅多にない。実家の親か、何かの勧誘の電話のみ。11時だと実家からの可能性はあるので出てみると…無言で切れた。

 ま、また…?実は20代の頃頻繁な無言電話に悩まされ、しばらくの間「迷惑電話お断りサービス」のお世話になっていた時期がある。3年くらいしてもう大丈夫だろうと解除したと思う。その後1、2回無言電話があって再発か!と思ったが頻発することはなく、すっかり忘れていたのである。

 しかし、間違い電話だった可能性もある。気持ちを切り替えて朝食を食べのんびり新聞など読んでから、洗濯をしていた午後1時くらいのこと。

 アパートの階段を上る足音が聞こえ、ドアの前で止まった。隣の部屋の人だとまず鍵を出す音がし、その後ドアの開閉の音がして振動が伝わってくるのだが、その気配もない。「おかしい…」と聞き耳を立てているとなんと、うちの家電が鳴るではないか!

 誰かがうちの前まで来て電話している!全身凍りつく私。20代半ばころ、しつこくつきまとってきた男か?それともかつての無言電話の主か?または20代始めのころちょっと関わりのあった人か?電話に出ていいものかどうか迷うが、最悪の事態を想定すると、やはり私が家にいるのが知られるのはまずい。気配をさとられないようその場で身を固くする。それからそろりそろりと家電の前に行ってみる。留守電メッセージ録音中になっているが…そのとき「もしもし、遊民さんのお宅ですかあ?」とドアの向こうから声が…どうも、私が疑った人たちではなさそうだ。思い切って留守電録音中の受話器を取り上げてみたが、電話はつながらず、メッセージも入っていなかった。

 そのとき、「ひょっとして…」とある考えが浮かぶ。確認のためドアを開けて外へ出てみると誰もいなかったが、階段の下から「遊民さんですかあ?」と声が。やっぱりそうだ。荷物の宅配の人であった。

 オークションの落札品が今日の午前中届く手はずになっていたのである。「いやー左右どちらの部屋かわかんなかったもんで、電話したんですけどね。」だそうです…脱力。受取りのサインをしながら「あのーひょっとして午前中にもお電話下さいませんでした?」と聞くと「電話したけど、すぐ切っちゃった。午前中に間に合わなそうだから連絡しなきゃと思ってたんですけど」だって…。これで午前中の無言電話の件も一挙に解決!

 とんだ自意識過剰騒動だった。それもこれも、同じアパートにずっと住んでて電話番号変えてないからいけないのよね…ああ引越しして運気変えたい(涙)

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もうすぐ旅の終わり

 今の職場は5月末で契約終了なので、通うのもあと週明けの2日である。1日でも無駄にせず歩かなければという気分になる(苦笑)

 昨日は九品仏の駅まで歩いてみた。これで、二子玉~目黒間の全駅制覇である(爆)歩く前にお気に入りのカフェ"Hannah"で腹ごしらえ。
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ロールケーキ、ひと口食べてしまってからあわてて写真を撮った。あとは、いつも通りの旅。距離や道順がだいたいわかっているので気楽、気楽。左折する道1本間違えて自由が丘の街なかに出てしまったけどま、いいや。この辺って結構高低差があるのを歩くと実感する。昔はどんな野山だったんだろう。

 九品仏の商店街の街灯につられてつい歩いてしまう。縁日のような商店街。昔なつかしい感じで、いいなあ。ついつい頬がゆるむ。

 それから歩いている途中、煉瓦作りの街をひとり歩く女性の姿がふと脳裏に浮かんできた。場所は少し前の東欧かアメリカ、女性はコートに手袋、ハンドバッグを下げて帽子をかぶった1930年代くらいのファッション。金髪をきちんとカールして、質素だけど整った服装。毅然と、街を歩いていく。かつての自分だろうか…

 今日は、三軒茶屋まで歩いて映画。たまに新しい道を通りながら、先週目をつけたカフェに。手持ちが3000円しかないのに1700円も食事に使ってしまった。でもおいしかったしアンティークな雰囲気にもひたれてうれしい(^_^)

 それから映画「永遠のモータウン」。以前見た「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のモータウン版ってとこか。しかし、音楽映画のせいか、食事のとき飲んだワインのせいか、今日は眠くて眠くて途中何度か寝てしまった。最後の方は音楽を堪能したけど。

 今日はちょっと疲れ気味かな。次の仕事が決まらない(決まって当然じゃないのだが)で少し不安ってのもあるけど。この土日でリフレッシュしよう。

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大学の旅

 今の仕事もあと1週間、ちょっとでも沿線を味わっておかねばということでまた行ったことのないルートに挑戦。通勤の車窓からいつも気になっていた風景、緑ヶ丘周辺である。

 洗足から歩くつもりだったがうっかり乗り過ごしてしまい大岡山からのルートに変更。おなかが空いていたところに坦坦麺のポスターが目に入り、つい入ってしまう。坦坦麺800円なり。(所持金1800円なのに(爆))おいしかったけど、すきっ腹に坦坦麺はきつい!わかっているけどついやってしまう。そこから環七へ歩き出すが、苦しい…歩くうちに段々こなれてきた。

 大岡山小学校までは楽勝で来て、ここからが今日の新ルート。緑ヶ丘へ向けて住宅街の中へ。やっぱり昨日の住宅街よりはワンランク上な感じで、なんとなく安心感がある。しかし目黒の住宅街って、夜7時くらいなのに歩いてる人がほとんどいないのが不思議。みんな車通勤?

 大体方角は間違えないで来ているつもりだったが、途中の案内板で確認したら都立大駅方向へ向かっていることが判明。90度方向を変えて桜並木に沿って歩き出す。これが、いつも見ている緑の山に続く道なのだった…もう日が暮れかけているが、葉桜の下を散歩する人、学校帰りの先生とおぼしき人々。ルネ・マグリットの絵の中にいるような不思議な感覚。並木は校舎の建つ高台と高台の間にあり、通路を覆っている。私は校舎と木に包まれ守られながら歩いていく。いいなあ、大学。この雰囲気が懐かしく、(と言ってもこういう伝統ある大学には行けなかったのだが)これからどんな人生を送るのか、自分の可能性について思いを巡らせていたあの頃が切なく甦ってくる。年だけとったけど、未だに気持ちはそのままである。可能性は永遠だ(苦笑)。

 暗がりから駅へ出て、現実世界へ帰還。この通勤経路もあと1週間、心おきなく楽しもう。できればまたこのあたりに来られますように。
 

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旧古河庭園~巣鴨

 今日は、午前中に溝の口へ行って北海道物産展で「チーズオムレット」を買ってきた。今日で最終日、今日買っておかないとしばらく食べられないから。無事入手できてひと安心する。

 それから登戸へ行き、お気に入りのカフェでこれまた売り切れが多い「デリ・プレート」を、席につかずメニューも見ないで注文。ここで図書館に返却前の本を最後にもう一度眺める。この本は占星術の本なのだが「人生は旅」というコンセプトでまとめられていて私にはわかりやすい。今てんびん座を旅している私。はやくさそり座の時代にならないかな。

 図書館で本を返却してから駒込へ向かう。ここも5,6年前は月1回の割合で来ていた。在日中国人が集まるダンスパーティに顔を出すためである。広東語の練習ということで通っていたが、基礎ができてないため言葉の練習にはならなかった。在日中国人ウォッチングは面白かったが、人付き合いが大変で足が遠のいたのである。

 そんなことを思い出しながら旧古河庭園へ。しかし、ここもまた人人人…今日は、洋館の内部を見学できるということで来てみたのだが、案の定というかツアーは締め切られた後だった。時間ちょっと前に来れば大丈夫かと思っていたが甘かった。庭園も人がびっしり。バラの花、確かにきれいだけど私はもっと素朴なやつがいいな…と思いつつも携帯で写真を撮った。

 歩いてみてびっくり、洋館も横に長くてすごく大きいし(でも西洋だと普通?)庭もこれだけかいと思ったら西洋花壇の下側に森と化している広い日本庭園があった。木立の中に多重塔があったり、恐るべし和洋折衷。

 帰りは、駒込駅に戻ってパーティ会場として使っていた公共施設を見る予定だったが、地図を見ているうちに気が変わり、巣鴨まで歩いてみることにする。途中にあった商店街~染井霊園~巣鴨駅というコースである。

 途中の商店街は「浅見光彦が住む街」というキャッチフレーズがのぼりなどに印刷されている。そうか、こんなところに住んでる設定になっているのか。しかし駒込って不思議。立派な庭園や寺もあるけど周りの住宅はかなり下町っぽい。異なる身分の人たちが混じりあって住んでいるような感じ。この商店街もかなりディープである。適当なところで染井霊園方向へ折れるが、手前すぎたようだ。でもなんだかんだで導かれるように(いつものことだ)霊園入口まで来ていた。

 しかし、真の目的は霊園ではなく霊園そばにある東京外大跡地である。そう、外大こそ私の憧れの大学だったのである…実は、高校生の時部活の顧問の先生に連れられて学園祭を見に来たことがある。その時、先生がお世話になった研究室にお邪魔して教授に施設を案内してもらったり、学食で各国料理を食べたり、英語劇を見たり(これが目的だった)。ついでに染井霊園にも寄って二葉亭四迷の墓の前でみんなで写真を撮った。…という思い出があるのだが、結局外大は受験できず、それっきりになっていたのである。連れてきてもらっただけなので位置関係も把握していなかったが、検証するチャンスが20年ぶりにいきなり到来したのだ。

 霊園の地図を見い見い住宅街の中を歩いていく。しかし…最近よく歩く目黒・世田谷と比べると明らかに家が小さく古く安い造り。どこかの地方都市でこんな風景あったっけなあ…昭和初期にタイムスリップ。やがて細い路地の突き当たりに工事現場の壁が見えてきた。ここが外大跡地だった。

 壁の隙間から、校舎はもう壊されて更地になっているのが見えた。現場の案内を見ると、昨年からの工事のようなので、もう少し早ければ壊される前の姿は見られたはずだ、惜しかった…。案内してもらったスタジオとか、どこにあったんだろう。あとの思い出は、校舎の入り口近くに机を置いて韓国の品物を売っている留学生がいて、その人に話しかけたこと。人形が着ているチマチョゴリの色合いが余りに派手だったので、「これ、本当にこういう色なんですか?」「はい、そうです。」という会話をしたのを覚えている。あれはどの辺だったんだろう。でももう想像すらできない、本当に何もないのだから。

 私の今のフーテン人生は、「東京の四年制大学で学生生活を送りたかったのに叶わなかった」というところに端を発しているのだが、それがまさに外大だったんだよな…やるなら英語と思ったので他の学校にしてしまったが、その後のアジア志向を考えると、入れる学部に入っておいても良かったのかもしれない。そしたらどういう人生になっていたんだろう。

 入らなかった大学を憂いても仕方ない。霊園沿いをだらだら歩き、白山通りへ。ここまで来て地蔵通り商店街との位置関係が掴めた。こちらの方は近年何回か来ている。でも私の学生時代は、この辺は注目されていなかったはず。この辺で学生やってても、この通りの存在に気づかなかったかもしれない、というかことさら注目すべき対象としてとらえなかったかもしれない。

 地蔵通り商店街のはずれにある庚申塚でお参り。猿田彦の神様は、我が家の守り神なのである。小雨が降り出したので早々に駅に向かい電車に乗る。

 今日もまた心の旅だった。忘れた過去を掘り起こすことが多い今日この頃。次の旅につながっていってほしい。

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沢田教一写真展

 横浜へ、沢田教一写真展を見に行った。高校時代に「ライカでグッドバイ」という彼について書いた本を読み、ずっと印象に残っていた人である。ただ当時、興味の重点は本の内容より著者の青木冨貴子さんのその後のサクセスストーリーや、ノンフィクションライターという仕事の方であった。それから十数年、アジア旅行に興味が出てきたときにも少し思い出したのだが、結局ベトナムに行くことはなかった。ベトナム戦争のことなど何も知らない若い子が簡単に旅行に行って、やってることと言えば屋台でいくら値切ったとかそんな話ばかりなのを、少し残念に思いながら横で聞いていた。かと言って自分が何か知っているわけでもなかった。

 東横線で横浜へ。そういえば横浜で降りるのはすごく久しぶりなのだ。まず出口が増えていて戸惑うが西口へ出ると見覚えがある風景。しかしすごい人人人。人波をかきわけてデパートへ。

 写真展も、予想に反して結構人がいてびっくりする。みんな、彼のことを知っているとはとても思えないのだけど。ただ文化的な催しだから来てみましたみたいな人が多い感じ。暇と金をもてあましてる人、多いんだなあ。ただ私より年長の人はベトナム戦争のことは覚えているので、ベトナム戦争の写真展として見に来たようだ。「そういえばこの写真、覚えてるわ」などと話している。写真は思ったよりたくさん展示してあって見ごたえがあった。

 沢田氏は誰かに似ている…。役所広司にも似てるけど、思いついたのが「サッカー解説の宮沢ミッシェル氏」。この思いつきを心の中で自画自賛してしまった。写真展の最後の方のコーナーは海外の赴任地での写真なのだが、「花様年華」という映画を思い出した。時代や場所、新聞社特派員というのが共通しているのである。「花様年華」の記者はチャラい男だったけどね。タコ社長そっくりの同僚もいたっけなあ。あの頃は、本当にああいう雰囲気だったのね。…と学生時代の思い出に浸りつつも、写真展の方はおちゃらけた感想になってしまった。

 新聞には「期間中会場に夫人が来場」とあったのだが今回会うことはできなかった。しかしもう80歳なのか。というと沢田氏はうちの父とほぼ同年代ではないか。そう考えるとあの時代に海外(のしかも戦場)で外国人に伍してバリバリ活躍していた沢田氏は本当にすごい。能力も、ポジションを得る運も。

 会場を出たところで売っていたのはなぜかロバート・キャパの本。そして「ライカでグッドバイ」は置いていなかった。

 次の用事があるので駅に直行したが、もう少し周りを散策したかったな。ここら辺は学生時代何回となく歩いた場所である。でもお金がないので実際に何か買うことはほとんどなかったし、風景を気に留めることもなかった。なんか、現実世界に没頭していたなあ。そのことを今、とても残念に思う。

 渋谷行きの東横線に乗った。変わる風景を見ていると、過去から現在へ向かっているような気がした。

 横浜もまた、ゆっくり来てみようと思う。学生時代のあの切ない気持ちを思い出しに。

 

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今週の旅

 今週の旅をまとめて。

 火曜日、デパートの北海道物産展でかぼちゃプリンといくら弁当を買う。食べているだけで旅気分、幸せ~(^_^)
北海道って本当に食が豊か。でも実際住むとあまり楽しくないと思う、どこでもそうだろうけど。こうやって思いを馳せているのがいいのだ。

 木曜日、会社から洗足まで、今まで通ったことのない道を歩いてみる。途中、3個100円のおやきの店とか(価格設定が韓国だ(笑))ずんだあんぱんの店とか(定休日で買えなかった)いや~面白い面白い。西小山から洗足へは感覚を頼りに適当に。もう少しで迷ってしまうところだったが、以前休みの日に歩きに来た時の場所にぶち当たり、無事位置確認ができた。前回営業していた三越は閉店していた。(しかし、そもそもここに三越があったってのがすごい)それから、ずっと気になっていた線路沿いの建物を探しに。それは「小牧バレエ団」と看板のかかるレトロな建物…。入り口近くまで行ってみると(本当は敷地進入はだめです、ごめんなさい)ピアノ曲に合わせてレッスンが行われていた。あまり覗いちゃいけないとすぐ辞したが、ちらっと見えた内装もレトロで素敵だった…。この空間にいたら癒されるだろうな。ここでバレエのレッスン受けたい!でも月謝1万円か…

 金曜日、映画を見るため三軒茶屋へ。1度歩いていて感覚が掴めているので大体の方向だけ気をつけて歩いたことのない道へ。最後は前回間違えた道をリベンジする予定だったが、ふと思いついて全く違う道に行ってしまった。なぜならそちらの道沿いに以前時間が遅すぎて入れなかったアンティーク屋があったからである。地下1階から3階までアンティークでぎっしり。家具中心だが、スージーの食器も結構おいてあった。しかし値段もいいね~。パトリシア・ローズのカップ&ソーサーが1客7万もする(@_@)ドレスデン・スプレイの未使用(と思われる)皿って、こんな色合いなのか、とか毎度毎度スージーの本物は勉強になります。併設のカフェでお茶するつもりだったけど値段がいいのでやめた…けど、ハギスとかの料理もやっているのを発見、よし今度はここで食事しよう!

 それから玉川通りを西に向かう。そしてまた、今まで行ったことのない「さかえ通り」を発見、まだ時間があるので歩いてしまう。名前だけ聞いたことのあるドイツパン屋とかいろいろ出てきた。しかし歩いても歩いても通りが終わらない…今度また来ることを誓って引き返す。

 映画はモンゴルを舞台にした「らくだの涙」。疲れて映画に集中できないのではという心配があったが、ストーリーがあまりないので気負わず映像を楽しめた。空と砂だけのゴビ砂漠の風景は、私の心象風景のひとつである。この大地が、ロシアまで続いているのよね…この空虚な風景は「惑星キン・ザ・ザ」を思い出させる(キライな映画だけど)。そしてずっと以前から気になっているロシアのとある場所への郷愁をも呼び起こさせる。いつか、行けるかなあ。

 自分のルーツは遊牧民だと自負する私だが、劇中の人々を見ていて「自然と格闘するのみで内面のない人生、楽しいのだろうか?」と思ってしまった。特に女の人は産んで育てて周囲に尽くすのみの人生、私はやっぱりイヤだなあ。もっとも、「私とは何か?」なんて考えもしないんだろうけど、こういう人たちは。

 そんなこんなで、今週の旅も充実していた。

 

 

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渋谷・夜バスの旅

 今日は仕事帰りに渋谷で映画。作品は「PTU」、場所はユーロスペース。上映作品は好みのものが多い劇場だが、スクリーンが小さく客席が穴蔵のようなのがちょっと残念(同じ理由でシネアミューズもよほどのことがない限り行かない)…以前にここでタルコフスキー特集を見たときは、3作全部途中で寝てしまった。

 上映開始前の待ち時間にぼんやりしながら、昔ここに来たときの状況などを思い出す。初めて来たのは約20年前になるんだ(爆)、作品は「ファンタスティック・プラネット」だった。今ではお笑いだが、当時恋愛がらみでショックな出来事があってその気晴らしだった。映画の世界は充分堪能したが心の奥底の寂しさ、悔しさ、虚しさは拭えなかったと思う。(その件は、結局10年後に退職するまで完全にはふっ切れなかった←ほんとバカ)あとは「ママと娼婦」とか「アトランタ・ブギ」とか「ねじ式」なども見たなあ。最後に見たのは中原康特集だったかな。そのときの観客でデカイ声で自分の夫の葬式の話をしていた人がいて、その後その人を大森の映画館で見かけたんだよな。とにかくここも自分の記録が層をなしている場所なのである。この映画館で香港映画というのは私には違和感があるが、とにかく楽しもう。

 映画は、香港映画らしくて面白かった!ロケ地になったところもおなじみの場所で親近感がわいたし。でも大スターが出てないんだよね、それがちょっと寂しい…スターはみんな老けるか亡くなるかで、中堅どころで作品の良さで見せていこう、という感じなんだろう。終わって外に出たら、結構な人が待っていてびっくり。何の作品かと思ったら、「みうらじゅん映画祭」だった。そうだ、そんなのあった、やられた~!!ちらしを確認したら良さそうなものはもう終わっていた。

 帰りは、昨日の思いつきで渋谷からバスで帰ることにする。予め路線や乗り場を調べておいたので楽勝(じゃないと大変)。乗ったら全部席が埋まっていてショックだったけど、バスはすぐ走り出した。

 歩きもいいけどバスも視点が変わるので風景が違って見えて面白いなあ。やっぱり歩くよりずっとスピード速いし(笑)。高架下をずっと走っていくのだが、この雰囲気、覚えが…と思ったら香港だった。その他の海外旅行でも、空港から街への道は高速道路や高架下が多いので、同様の雰囲気になるのである。上海やバンコクもそうだった。

 夜のバスで知らない街を走っている感覚も好きである。いつも、宇宙船に乗って異星をさまよっているような気分になる。自分がいまこの社会にいることが人ごとのように感じるのが自分でも不思議である。よその星の生活を見てはいるが決して自分が溶け込むことはない。この感覚は何なのだろう。そう、言うなれば正体を隠して地球に暮らす宇宙人なのだ、私は。安いアパートを借りて派遣で勤めに行くことまではできるが、それ以上に社会に溶け込むにはものすごく無理をしなければならない。普通の生活がピンとこないというか、現実感を見出せないのである。自分自身が最後の牙城、譲れないのである。

 バスはそんなに信号待ちをすることもなく終点に到着。至福のときだった。

 都内はまだまだ出会っていない風景の宝庫。もっとバスを使って新しい風景に会いに行こう。

 

 

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旅する理由(わけ)

 今日は久々に会社帰りの「旅」、コースはいつもと同じ。しかし、歩くたび日が長くなっているので街並みが違って見える。

 歩くことは以前から好きだったが、暗いほうが断然気分が盛り上がる…ということに気づいたのはこの近辺を歩くようになってからである。あと、今ぐらいの気候のいい時期の歩きも心地良いが、冬の夕暮れの街歩きは胸に沁みて印象深い。

 なぜなんだろう、なぜなんだろう。暗がりの中にいる方が包まれているようで安心、というのはある。人目につきにくいので、自分の世界に浸れるというのもある。そして何より、自分は知らない景色に何を探しに行ってしまうのか。それは前世の自分が居た場所だというのはうすうす感じ始めていた。前世の自分に出会い、現世の使命を知りたいのである。それでは暗がりに魅かれてしまうのはなぜだろう。今までも何となくは考えていたが、今日ふっとその考えがまとまり、つながった。

 「暗がりは胎内=前世と現世をつなぐトンネルなのでは?」つまり、生まれる前の世界を疑似体験というわけである。冬の夕闇は、これから来る春(人生)を予感させる。これで自分が今まで無意識に固執していた行動について納得がいった。私は、生まれ直したい、生き直したいのである。

 まだこれが自分の前世だと自覚できるものに出会っていないし、一生「生きる目的を探す人生」になってしまうかもしれない。でもかまわない。私は歩き続ける。

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連休終了

 今日で立川も最後ということで、また立川中華街へ行ってしまった。フロアを歩いてみると陳建一の麻婆豆腐の店がちらっと見えた。「よし、ここへ入ろう」と決めてから、近くの中華食材売り場を見に行った。そのまま反対側の入り口から店に入り、麻婆豆腐の定食を注文。しかし何か違う…。隣の店に入ってしまったのだった(爆)実はバイト初日にも大ボケかましているのだが(内容はもう書かない)、最後の最後までドジな私だった。

 もちろん料理は結構おいしかったのと、バンド名で有名な「ケツメイシ」が漢字で「決明子」と書くことを知ったのが、ここの店での収穫だった(笑)

 帰り、今日は矢川駅まで歩くぞと決めていたが、南口駅前で方向がわからなくなってしまったのと、夜の道が人通りがなさそうで物騒に感じたので昨日と同様西国立から帰ることにする。私がこういう気分になることは珍しい。駅前には、まだ夜7時なのに酔って吐いてる若者がいる。やっぱ郊外探検には向かない私。

 西国立への道も、1本違うとかなりヤバイ感じ。でもうまく昨日への道に戻れて西国立へ。ここまで来るとゆったりとした住宅街になり、雰囲気も落ち着いてくる。来訪記念に駅前のケーキ屋でシフォンケーキを買った。

 明日からまた日常生活へ。夢のような10日間だった。そして本業の方も今月末で契約終了、終わりに向けて走り出した。明日に備えてゆっくり休もう。

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立川中華街、立川~西国立

 アルバイトで立川に来ている。立川乗換えで仕事に行っていたのは2年半ほど前になるのかー。その時もルミネの食品売り場の充実ぶりや新装伊勢丹やグランデュアに驚いたが、それらが板につきますます賑わっている感じ。さらに、南口も再開発されて風景が変わっていた。しかし…ガラの悪い若い子が多いのがやっぱ都下(笑)

 1日中書類とにらめっこの単純作業を終えてひと息つきたい私、せっかく立川に来ているのにまっすぐ帰るのはもったいない…と駅構内をうろうろ、グランデュアの前に出てしまった。そこでピンとひらめく…立川中華街へ行ってみよう!前回はオープン間もなくで混んでいておひとりさまは入れない雰囲気だったのだ。

 坦坦麺の店を選び直行。フロア全体が香港の「蔡欄美食坊」みたいだなあ。香港に居るつもりで食べる。坦坦麺は量が香港サイズだったので(値段は日本価格)水餃子を追加してしまった。バイト先で少しイヤなことがあったけど満足、満足。

 立川駅北口の風景も、香港の郊外のターミナル駅「上水」を思い出させるんだよなあ。それから、駅に止まる中央線。20代の頃、よくここから中央線に乗って山梨のペンションまで行った。いつも元気をもらって帰ってきた。帰りに小淵沢で駅弁を買うのが楽しみだったっけ。

 帰りは地図を見い見い西国立まで歩いてみた。南口も、こちら側は昔ながらの繁華街で結構店があるのね。素敵な喫茶店を見つけた。立川病院そばから見上げる夜空は幻想的。西国立駅近くの店もおしゃれでしぶい。

 帰宅してから地図を見て、国立や谷保まで歩けそうなことを発見。うえーん、立川に来るのはあと1日しかないのに。

 でも、ここにもときどき何かを思い出しに来るかもしれない。

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連休雑感

 明日からアルバイトをするので、今日で連休は終わり(;_;)

 連休も半ばを過ぎてやっとのってきて、昨日は検眼→献血(自分の血液検査のため)→味スタでサッカー観戦→映画というすごいことになってしまった。しかし、旅行先での行動パターンを思えばこのくらい当たり前。そう、私は今「東京に長期旅行中」なのだから。(笑)

 今日は連休最後だ!ということでよりによって激混みの浅草へ突入(笑)ヨシカミは行列が出来ていたのであきらめ、もう1軒気になっていたロシア料理の方へ。おいしかったです(^_^)おなかも心も満足です。それから浅草周辺を昭和の毒気にあてられながらさまよう。森茉莉さんは浅草が好きだったみたいだけど、私にはスリリング過ぎる。たまに来るなら面白いけど、住むのはちょっと…。なんか、気持ちがすさみそう。でもパリもこんな感じなのだろうか。

 それから歩いて上野へ移動。ここでは…目的のものに出会えず。本当は「銀座の松屋」にあるものを私がなぜか「上野の松屋」だと思ってしまい、かつ松坂屋へ探しに行ってしまったのである。徒労だったけど上野の松坂屋は建物が昔の造りらしく、天井や階段の意匠が凝っていて面白かった。でも天井が低くて圧迫感がすごい。

 それから恵比寿へ移動。ラストは駒沢通りの旅だ!ええ、歩きましたよ、二子玉まで(爆)先日は雨で途中で断念したけど、今日リベンジできた。明日以降、ちゃんと仕事に行けるのか心配だけど。

 それから尼崎の列車事故の件で、事故現場から出勤しちゃった職員や事故直後にボウリング大会をやってた職員がいたけど…元勤め人の私としては気持ちがわからないでもない。同じ組織で長く働くってこういうことなんだよね。だんだん飼いならされて、世間の常識より会社の規則・命令が優先になってしまう。彼らもとりあえず目の前の任務である「自分の乗務」や「ボウリング大会」をきちんとやりとげただけの事である。下のものから上の人へ大会中止の提案も、できないだろうな…JRの方も、こういう場合のマニュアルも作ってないだろうから、(そもそもそんな事故を想定してないだろうから)出動させようもないし、やっぱり懇親会をキャンセルしたらお店に悪いとか、そっちの方に考えが行ってしまったんだろうな。組織のもとで働くということについていろいろ考えさせられてしまった。世間の人は攻撃一方ですが、自分があの中にいて的確な行動がとれたとはとても思えない、私は。

 やっぱ組織にしばられずに生きていくには派遣か自営しかない!(と言って自分への言い訳にする)そんなわけで、明日からひと足お先に仕事復帰。6月以降、「毎日が日曜日」になるかもしれないから(苦笑)


 

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連休中

 29日、スタートダッシュしたものの30日~2日とちょっと停滞してしまった。何事もエンジンかかるの遅いのよね。でもゆっくりするのだって大事なんだから…と思ったり。

 今日は下北と吉祥寺を回ってきた。とにかく人人人。アンティーク屋めぐりが主な目的だが、じっくり物を見る気がおきない。とりあえず店の位置だけ確認した感じ。今日は、東松原~世田谷代田の辺を歩いたのが「旅」だったかな。ここらの住宅街もシュールだった。

 食べ物関係は割と当たりでランチは500円だったし、吉祥寺のカフェも安くて落ち着くところに出会えたし、帰りには念願の「チクテ・カフェ」を発見!!奮発してマフィンセットを頼んでしまう。本当はスープとのセットが良かったけど、サラダもすごくおいしい!「ニース風」とは何ぞや、じゃがいもとツナとオリーブが入ってること?噂のマフィンは、ストイックな食感で敬虔な気持ちにさせられました。

 すっかり満ち足りた気分で帰宅。そこでハッとあることを思い出し、ネットで検索…ガーン、横須賀市の「咸臨丸フェスティバル」終わってた!!(開催場所に個人的思い入れがあるのだ)去年も行きそびれたんだよね…また1年待つのか、長いなあ…

 6日からはアルバイトが入ったので遊べるのはあと2日、どう過ごそう。

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