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  • 松原惇子: 女が家を買うとき
    松原さんの著作はどれも好き。でも私は未だに借屋住まいである。
  • 野村進: アジア定住
    プー太郎時代に何度となく読み返した本。この本に出てくる人たちのような心持ちで生きていきたい。
  • 森茉莉: 贅沢貧乏
    私は森さんのようなお嬢さま育ちでもないし感性もないけれど、おひとり様人生の偉大なる先達に敬意を表して。
  • 上野千鶴子: おひとりさまの老後
    ひとりで生きていく人必読!
  • 岸本葉子: がんから始まる
    がんになった人はぜひご一読を。取り組み方の参考になります。

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乳がんの記録 受診から宣告まで

 乳腺クリニックにやっと足を運んだのは、11月の終わり頃だった。

 その前に診察を受けたのが2年半前で、当時の結果は問題なし。その後就いた仕事が忙しく、検診どころではなくなっていた。その仕事が終わって時間的に余裕のある仕事に変わったので、そろそろ受けておくかということで2年半ぶりの受診。ほんの気休めのつもりだった。

 マンモ、触診、エコーと順調に進み前回通りこれで帰れると思ったところ、先生が「ちょっと気になる部分があるんで組織採りますねー」そして看護師さんに「簡易生検!」と叫び何か準備していた。「部分麻酔しますんでちょっとチクっとしますよー」そしてバキュン、バキュンと衝撃が2度来て、有無を言わさず組織採取が終わっていた。「今日はシャワーだけにして湯船には浸からないでください」検査の結果は来週出るからということで、来週の予約をして帰る。だがどうせ良性だろうと全く心配することなく翌週まで過ごしてしまった。

 翌週クリニックに行ったところ、「がんですねー」とあっさり言われた。

 あまりに唐突すぎて、何の感情もわかなかった。たぶん、本当の意味でちゃんと理解できていなかったということと、母の介護などあって感情を切った生活が当たり前になっていたからだと思う。

 昨今ではいきなり本人に告知するのかーと唖然としつつ他人事のように先生の話を聞いていた。

 先生からこれからの治療の流れの説明を受けた後、このクリニックでは手術はできないのでどこか病院を決めて来るよう言われ、資料をもらって帰宅。ドラマのように「ショックのあまりふらつきながら、どうやって帰ったかも覚えてない」なんてこともなく普通にお惣菜を買って帰った。

 でもここから病院を決めるまでが、孤独な戦いだった。

 

 

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