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私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝

 私と小林カツ代さんとの出会いは、社会人になった年、書店で雑誌の定期購読を申し込んだときに景品でもらった「気楽弁当のすすめ」というタイトルの小冊子。カツ代さん監修で、主婦雑誌の付録だった。書店の人がなんでこれをくれたのか今でもナゾなのだが、とにかく付録と思えないほど内容が盛りだくさんで大変驚くと共に感動、これで小林カツ代という存在を知った。私のお弁当バイブルとして、未だにこの冊子はとってある。

 その後、料理番組や雑誌で見ない日はないくらい大活躍されるようになったが、くも膜下出血で倒れてからとうとう復活することなくこの世を去った。カツ代さんが表舞台から消えてから、世のお料理事情がだいぶ変わったような気がして残念に思っていた。

 評伝を読んでみて、肝っ玉母さんキャラに見えるが意外やお嬢様育ちなこと、大阪大空襲を経験されていることなどを知った。食品の研究に熱心だったお父様と料理上手なお母様、それからかねてからナゾだったご主人のことも。好きなTV番組「ファミリーヒストリー」を本で読んでいるような気持ちになった。

 それにしても、カツ代さんの料理能力はどこから来るのだろうか。私は料理コンプレックスがあるので、手早くおいしく調理ができる人、自分が決めた味を世間に提供できる人を本当に尊敬する。その極意を知りたかったが、結局「カツ代さんは並の人ではない」ということしかわからなかった(苦笑)

 文中に「紀元前、紀元後でありませんが、家庭料理の世界では、カツ代前、カツ代後という言葉があってもおかしくない」という表現があるが、カツ代休養後もある。カツ代さんが活躍しなくなってからキャラ弁(虐待弁当、嫌がらせ弁当などども言う)が流行って「キャラ弁がお母さんの愛情の証」みたいになったり、除菌ブームで手袋をしておにぎりを作る世界になったり、カツ代さんがいたらこんなことにはならなかったのになと思う。

 ずっとずっと活躍してほしかった。レシピは残っても、私には味を忠実に再現する能力がないので…でも、私も母が亡くなって自分が実家の主婦になった今、非力ながらカツ代さんのように家族においしい料理を提供していかねばと思うのだ。
 

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