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2019/02/18

ちょうど1年前…

 ブログに何書こうかな~とぼんやり考えていて、そういえば前々職の退職のための引継ぎが始まったのが、1年前のこの日だったことに気づいた。事務職未経験の人に、3日で引継ぎという無謀さ。当時の上司のあまりのおはからいにあいた口がふさがらなかったが、ここまで来ればもう私のせいではないとかえって清々しい気分にすらなれた(笑)この頃は毎朝、タロットの勉強のため1枚引きをしていたがこの3日間は1日目…塔 2日目…塔 3日目(引継ぎ最終&私の最終出社日)…吊るされた男 という、素晴らしきラインアップだったことを思い出す(笑)それでも後任の彼女が3日間出社してくれたから良かった。あれからどうなったのか気にはなるのだが、知るすべがないので仕方ない。ひとつ言えるのは、あの職場を離れた私はその後とても幸せに過ごせたということ。

 今の職場の在職中に、海外へ行けなかったのが残念だったけどまた新たな旅立ちの時が近づいている。旅立つ先が、まだ決まってないのだけど、どこへ着地するかなあ。

2019/02/09

おはよう!スパンク

 映画情報を検索していて偶然見つけ、見に行った作品。原作漫画はちゃんと読んだことないし、映画になっていたことも知らなかったけどあの頃の自分を検証しようと思って。

 たかなし♡しずえ先生のデビューは当時中学生の私には衝撃だった。「なんてかわいい絵!」ともう夢中。初期の作品は単行本も買った。でもその後なかよしの露骨なたかなし先生押しに段々白けてきて、スパンクの頃にはなかよしも読んでいなかった。しかし私が知らないだけでTVでアニメも放映されていたのだ。おそるべし。

 それで、ストーリーも全く知らず見に行って「あれ、こんな絵だっけ…」アニメーターさんの手が入るからか普通の少女漫画の絵に見えたし、スパンクも声が入るとイメージが限定されるというか、変にコミカルな感じになってたかなし先生特有のかわいさがあまり感じられないと思ったけど、まあこんなもんかなと思って見ていた。

 物語の舞台は茅ヶ崎とか葉山なのかと想像したりとか、登場人物の70年代ファッションとか、海外がやたら憧れで遠い対象に描かれていたりなど、物語は少女漫画の王道でそれなりに面白く見た。というか当時はこういうものをわけもわからず真剣に見ていたのかというのが感慨深かった。もし、公開当時に見ていたとしてもあまり印象に残ることもなかった気がする。でも今見ると自分がこんな時代に生きていたのかとかえって新鮮なのだ。

 家に帰ってネットで色々調べて、昔の作品のタイトルを見て「そうだそうだ!」と色々記憶が甦った。ありがたいことに今は作品の試し読みもできる。やっぱり初期の作品の頃の絵だよね!夢中で読んでいたあの頃の気持ちが甦ってきた。

 それから、映画の声優陣もなかなか豪華なのだが亡くなっている方も結構多くてやっぱり切ない。でもこんな作品があったなんて、見られてよかった。

 

 

2019/01/29

ヨガ30周年

 仕事帰り、同僚と雑談しながら駅へ向かっているときになぜかヨガの話になった。そして同僚と別れて一人になってふと思い出す。今通っているヨガ教室に通いだしたのが30年前の今頃だったのだ。

 ヨガ教室に通い出すまでの話は長い(笑)当時、人生すべてうまくいかなくて半うつ状態、知り合いで霊能力のある方に相談にのってもらった。その時のアドバイスが「何か習い事でもして気晴らしを」その方のお勧めは、茶道とか華道など結婚しても続けられるものだったけど、私なりに色々考え、結局ヨガを選んだ。ヨガを1年くらいやって体を柔らかくして、それから子供の頃にやってみたかったクラシックバレエを習おうという計画だった。

 しかし、ヨガで予想以上の出会いや気づきがあり、結局バレエを習うことなくヨガに通い続けて今日に至る(笑)
一番の思い出は、東日本大震災の翌日にも普通に教室に行ったこと。当時の私には毎週土曜は教室に行くというのが刷りこまれており、地震だろうと関係なかった。それから乳がんの手術後も、家に居るのに飽きてしまって術後2週間で教室に行ってしまった。良いことばかりだけではなく、イベントのお手伝いで組まされた人と史上最大のバトルになってしまったり、災難も色々あった。あれでやめないのは不思議なくらいだった(笑)

 当時の悩み無限ループ状態からは脱出できたけど、結局結婚するわけでもなく正社員をやめて派遣になった以外、生活面はほとんど変わっていない。教室に通い続けている友人たちも然り。この教室で果たして良かったのか疑問はあるけど、色々トラブルがあっても結局未だに通っているのだから、よほどご縁があったのだと思う。
私の一人生活を支えてくれているヨガ教室、これからもお世話になります。

2019/01/06

ETV特集 50年目の乗船名簿

 昨年は、私にとっては色々な再会があったが、年末から始まったこの番組もそのうちの一つかもしれない。この番組は、初回が昭和43年、このときブラジル移民した人の10年後・20年後・31年後を追っている。私はそのうち10年後と20年後の番組を見ている。そしてこのたび、とうとう50年後を取材したシリーズが放送されている。偶然予告番組を見ることができて今回の放映を知り、本編は絶対見るぞと意気込む。

 予告番組で気づいたのだが、この番組を作っているのは相田洋ディレクター、「電子立国 日本の自叙伝」の人だ!まさか同じ人がやっていたとは。これで俄然、この番組への信頼度が増す。それにしても相田さんは今80歳越え、見た目と声の若々しさに驚く。取材相手への鋭い切り込みも、全く変わっていない。今の80代すげー。

 まだ2編しか放送されていないけど、見覚えのある家族の50年の歴史がすごい。あと、昭和40年代にまだ移民する人がいたことに改めて驚く。出てくる家族がうちとほぼ同世代だったりするので、あの時代にあの世代で移民を決断したことに驚嘆する。そして、移民した人は満州からの引揚者が多かったということも知る。満州への移民については、別のドキュメンタリー映画で、半ば人減らしのように勧められたというのを見た。結局満州から帰ってきても居場所がなかったということか。

 番組に出てくるのはある程度成功できた人が多いけど、夢半ばで帰国した人、もう亡くなって話が聞けない人もいる。出てくる人は、さすが移民を志すだけあって日本に収まらない大きさ、打たれ強さを持っている。そして、名もなき人の人生が波乱万丈すぎることに驚く。

 移民という選択を迫られることなくぬるく生きてきた自分を恥じると共に、神はどうして人の人生をこんなにも不公平に作るのだろうかと思ってしまう。いつか、国難が来て海外に移住せざるを得ない日が来るかもしれない。そんな覚悟を持って日々生きなければと思う。

2018/12/21

ホーム・アローン/ホーム・アローン2

 先週、今週とTVで見た作品。公開当時めっちゃ流行ってたけど見てみようという気がなく…あの頃、何をして暮らしていたのだろう。バブルな時代が自分の価値観と合わず、辛かったということしか思い出せない。このくらいの作品だと「午前十時の映画祭」でかかることはないだろうからまあ見てみてもいいかなと。TVで字幕をON、副音声にすれば映画に近い感じで見られる。

 見てみて、色々断片だけ聞いていた話はこういうことだったのね~と納得。それにしても、親戚一同で集まって海外旅行とか、設定がバブルでイヤだわ~バブルの頃、こういう暮らしの日本人も多かったような。お母さんのファッションとかも、バブル期を思い出させる。

 家に一人残された男の子が、泥棒と格闘する。凝った小道具や仕掛けをこんな瞬時に準備できるの…と思うが、そこはつっこんではいけない(笑)そしてひたすら災難に遭う泥棒の不死身ぶりもすごい(笑)

 2の方は、ブラザ・ホテルが舞台とは聞いていたがこういう使われ方だったのか。ホテルがよく撮影許可出したなあ。そして自分のホテルでもないのに出てくるトランプ氏も、なんだかなあ(笑)そしてニューヨークの風景が懐かしい。

 普通に面白い作品だったけど、マコーレ・カルキン君は結局この作品のおかげで人生が狂ってしまったのだよね。その後を知るよしもない、彼の無邪気な演技がなんか物悲しくなる。昔の派遣先で「だんなさんが、マコーレ・カルキン似なんですう~♪」と言っていた新婚さんがいたけど、こういう顔だったのかとやっとわかったよ(笑)彼女、どうしているかなあ。

 とにかく、自分が生きていた時代の検証になった作品でした。

2018/12/20

クリスマスのしつらい

 今年はいつにも増してクリスマス感が薄く、クリスマスの飾りはもうやめようと思っていた。バブルの頃のクリスマス狂乱にはイヤな思い出しかないし、クリスチャンでもないし、1年に1度しか使わない飾り物を保管しておくのはいかがなものかと思って。でも結局、今手元に残っているのは結構思い出の品なのだ。

 例えば高さ5㎝くらいの、ガラスのクリスマスツリー。高校生の頃読んだエッセイで紹介されていて、上京してすぐの頃同じものを横浜で見つけて買った。私の一人暮らし歴とほぼ重なる。私の一人暮らしをずっと見続けてきてくれたツリー。

 それから、小学生の頃母からクリスマスプレゼントでもらったキャンドルホルダー。金属製のホルダーに、サンリオのキャラクターがプリントされたガラスのほやが付いている。Small Peopleという、今は見かけないキャラクターがサンタの格好をして、冬景色もプリントされている。高校生の頃など、冬の夜にろうそくを立ててほのかな灯りを楽しんだ思い出の品。実際に使ったのですすで汚れてるしガラスのほやにひびも入りかけているが、捨てられない一品だ。

 そして最後に、初めての香港旅行で買ったクリスマス模様のセーター。前身頃真ん中に、クリスマスツリーがどどんと刺繍してあり、セーター全体に雪の結晶模様が刺繍してあるとてもゴージャスなセーター。同行の友人とお揃いで買ったけど、その子とはその後疎遠になってしまった。彼女はこのセーターもう持ってないだろうな。そして後年、こういうコテコテなクリスマス柄のセーターは"Crazy chistmas sweater"と呼ばれていると知った。おばあちゃんが編んだようなダサいセーターって意味なんだって。さすがにもう派手すぎ・若すぎで着られないけど、香港旅行の記念だし毎年クリスマスの季節にはハンガーにかけて部屋に飾っている。たぶん一生持っていると思う。

 まあそんなこんなで…私にとってクリスマスとは年に1度、思い出の再確認をするためなんだと自分の中で整理できた。これからも静かに過ごしていこう。

2018/10/28

休日のアイロンがけ

 社会人1・2年目の頃は、土曜日に1週間分まとめて洗濯して、日曜の夕方にブラウスやハンカチにまとめてアイロンがけをするのが習わしだった。上っ張りだけの制服があったから制服にもアイロンをかけて。あの頃はコットンのブラウス+スカート+カーディガンがファッションの定番。お金はなかったけど(今でも(笑))安いものの中から一生懸命選んだ服たち、一枚一枚こだわりがあって、どれもお気に入りだったな~ボロアパートの畳の部屋の風景と共に思い出す。

 派遣社員になってからは、とにかくラクな服ということで、アイロンがけはほとんどしなくなってしまった。アイロンやアイロン台もいい加減へたったまま持っていたが、引越しを機に買い替えた。足の付いていない平たいアイロン台がなかなか売ってなくて、数百円のものなのにネットで取り寄せたような。時代の変遷を感じた。

 今年、無印良品で綿ブロードのブラウスを色違いで買ってしまった。洗濯のたびアイロンが必要な素材だが、デザインの可愛さに負けてしまい購入。地厚なので真夏には着られなかったが、この季節になって出番が多くなってきた。

 そんなわけで休日のアイロンがけ復活。今の部屋はフローリングだから、食卓の上にアイロン台を置いて…「おみおくりの作法」という映画を思い出す。

 ひとりだけどきちんとした、静かな暮らし。秋の夜にぴったり。

2018/10/27

千趣会

 ネットを見てて、久々に千趣会の名前を見た。大規模リストラだって。

 OL時代、千趣会大好きでお世話係もやっていた。OLという身分は嫌いだったけど千趣会は大好きだったな~家では、カタログをあきずに眺めていたし、箪笥の引き出しは頒布で毎月届くかわいいショーツが並び、なんだか幸せ気分だった。OLさんの夢の世界だよね。仕事は辞めたかったけど千趣会のお世話係りはやめたくなかったくらい、千趣会が好きだった。退職後、受注センターの電話受付の仕事を広告で見つけて働こうかと検討したこともあった。結局やらなかったけど。

 私の中では、お勤めの人向けの頒布会のイメージが強いのだが、実際の売上はカタログ通販の方が大きかったのか。通販も何回か利用しIDも持っているけど、いつの間にかメールのお知らせも来なくなっていた。残念だけど、そういえば自分も利用していないのだから仕方ない。派遣になってからは、いろんな会社を転々とする生活だから頒布会のお誘いもないし。今、あのスタイルで頒布会やってる会社あるのかな。

 今、家で使っているレンジ台はベルメゾンのカタログで注文したもので、引越しの時処分しようと思ったけどとりあえず持ってきて、結局そのまま使っている。同じシリーズで買い直そうと思っていたけどまだこのシリーズ売ってるかな。とにかく頑張ってほしい千趣会。

2018/10/18

ビック・バードの中の人、お疲れさま

 今日ネットを見てて発見、セサミ・ストリートのビッグバードを演じている方が引退だって。

 中学生の頃からセサミ・ストリート大好きで、テキストも買って夏休み中の放送は欠かさず見ていた。おかげでだいぶ英語を覚えたし、外国への憧れも高まった。子供番組だからって手抜きしていない姿勢に感服。製作会社のCTWで働きたいと本気で思っていたし。

 どのキャラクターも個性的で面白かったけど、やっぱりビッグ・バードは象徴だった。我が家では、ちゃんと番組を見ているのは私だけだったのにいつの間にか母とかもキャラクター覚えてしまい、母はビッグ・バードを見るたび「あ、ビックリバードだ」と言っていた(笑)。こちらの方が特徴を言い得て妙なので、私はこちらの呼び方の方が好き(笑)

 演じている人がどんな人なのか考えてみたこともなかったけど、84歳だって。セサミ・ストリートと共に人生を歩めて、なんと幸せで充実した人生だろう。

 世界中の子ども達に幸せを与えてくれてありがとうございました。お疲れさまでした。

2018/09/07

トップガン

 この作品も「昔の名画でお勉強」シリーズで見た作品。当時、劇中歌はラジオでよく流れて散々聞いてたし、何よりMA-1ジャンパーが流行ってたな~洋品店や量販店で3,900円くらいで売っていて、田舎の兄ちゃんがみんな着てた。80年代のダサく苦い思い出(苦笑)そのオリジナルネタを見なくてはと。そしてあの頃、私はまだ映画はほとんど見ていなくて、コンサートによく行っていた。

 実際の作品では、あのモスグリーンのジャンパーは出てこなかったけど、ワッペンがたくさん貼ってある茶色の革ジャンが出て来て、そういえば当時こういう革ジャンが欲しくてたまらなかったのを思い出した。もちろん高くて買えなかったけど。

 内容は、「うん!これぞ80年代だよね」と言えるコテコテさだけど(笑)戦闘機のシーンがリアルに作ってあり、真摯さが感じられる。考証がしっかりしていて子供だましでない感じが好感を得たのだろう。80年代の「シン・ゴジラ」といったところか(言い過ぎ)

 ちょい役でメグ・ライアンが出ていたりして、そういう発見があるのが昔の作品の面白さ。対してメイン・キャストの女性教官役の人はその後あまり活躍していなかったりするのが人生の皮肉というか。

 良くも悪くも80年代を象徴している作品。ところで、イギリス出身の監督がどうしてアメリカ海軍の映画を撮ろうと思ったのか知りたいが、監督がもう亡くなられているというのがなんとも残念。80年代は自分が思っている以上に昔なのだ。

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