ドカベン完結

 今日、某占いのサイトで「物事が完結する日」と書いてあったけどドカベンの連載が完結だって~小学校高学年の頃、女の子ながら毎週少年チャンピオンを買っていた私。あの頃のラインナップは充実してたのよ~なんてったって「ドカベン」に「がきデカ」に「ブラックジャック」、その他の連載も面白かったな~その中でもやっぱり「ドカベン」が大好きだったな~でも中学生になった頃からなんとなく読まなくなり、以降は漫画からも遠ざかってしまったけどずっと連載は続いてたのね。

 私が読んでいた頃ドカベンはまだ高校生だったけど、今どうなってるんだろう。私が漫画を読まなくなった理由は、自分の方がどんどん年をとって登場人物の年を超えてしまったということが大きいと思う。

 連載46年だって、すごいね~自分がそれ以上生きているというのもすごいけど(笑)お疲れさまでした。

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青春どないしよう

 昨年、なぜか突然私の中にブームが来た小林カツ代さん。評伝を読んだら、料理の仕事を始める前に漫画学校に通ったが、学校が途中で潰れてしまい、その顛末が本になりドラマにもなったと書いてあった。どんな本なのか読んでみたいと思っていたけど、「ミセス漫画学校へ行く」というタイトルでは探せなかった。

 通勤経路が変わって定期券で行ける最寄図書館が変わり、久々に行った図書館でカツ代さんのエッセイがあったので借りて読んでみたら、この本がまさにそれだった。「青春どないしよう」のタイトルで再販されていたのだ。

 読んでみるとまず60年代の香りがプンプン(笑)漫画学校の生徒たちは個性的なのはもちろんのこと、60年代の若者らしい感じ。昔の青春ドラマのよう。自分も子供ながらこの時代に生きていたので、空気感が懐かしいというか。

 厳しいながらも楽しく学んでいた学校は、放漫経営のあげく閉校となる。学校存続を巡って経営陣と生徒が対立、一部の生徒が学校を占拠する事態に。学生も分裂しカツ代さん達は自分達で場所を確保して学びの場を存続させる。

 まずネタになった事件が面白いのと、カツ代さんの文章力で楽しく面白く読める。大変だろうけど主婦になってからこんなにも熱い青春を味わえたということと、本業の料理ではない話で本を出版させてもらえる力量が羨ましい。

 それにしても、超個性的なクラスメートたちはその後漫画家になれたのだろうか、。そしてカツ代さんが料理家として有名になったことをどう思ったのだろう。皆もういい年になっているはず。カツ代さん亡き今、人生の熱さと短さ、儚さを思う。

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マンガ 自営業の老後

 巷で話題になっていた本、やっと読むことができた。派遣社員もいわば自営みたいなもの、先の保証がないという意味では同じだから何か有益な情報が得られればと思って。

 結果、それなりに面白かったけど著者は元々稼ぎがいいし(年収が1/3に減っても300万)、既婚だしローン払い済みの持家ありと、全然貧乏じゃない~!問題は年金未払いだったことだけ。それで遅まきながら国民年金に加入するのだが、過去5年分88万円をこともなげに払えたりとか…

 ま、それでも生涯稼げるお金・必要なお金を自分で計算してみるとか、家計の把握は必要だよね。それから保険、私も一昨年父の勧めで民間の年金保険に入ってしまったけど、解約した方がいいのかな。医療保険も入っていて乳がんのときは給付を受けたけど、結局払い込んだ金額の方が多い。毎月の保険料をそのまま貯金していた方がたぶん良かったと思う。でも手元にあると絶対使っちゃうし、同じ保険をフリーターの友人に勧めて感謝されたこともあったからなー(彼女は保険に入って数か月後に入院するはめになり、保険が多いに役立った)。保険解約はいいけど、著者のように自営業者用の年金に月7万とか、私は払えないぞ。

 そういうわけで私にはあまり適用できる事例がなかった。配膳の仕事とライターの仕事の2本立てでのんびり生きてる65歳の方が一番共感できたのだが、その方もタダで借りている家を追い出されそうというオチがついてたし。その方がその後どうなってるか気になる。

 書評では辛辣なコメントも多かったけど、著者の同世代として、この作品で再ブレイクできたことは素直に讃えたい。著者はこの作品のおかげで収入的にも、その後のライフワークにも困ることはないだろうから。それにしても年収200万くらいでずっと生きてる人の老後対策は本にならないなあ。著書を出すってことは、それなりに才覚がないとできないんだよね、やっぱり。

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はなちゃんのみそ汁

 映画が公開された頃知り合いに勧められたけど、自分もがん患者だとなんとなく読みづらくスルーしてきた本。でももうすぐがん患者卒業するので読んでみようかという気になった。自分が軽いがんで済んだので、がんで死ぬ人がいるというのがピンとこない。がんで死ぬとはどういうことなのかを知らねばと思って。

 読んで思ったのは、「時間がたってから読んでよかった」話題になっていた当時に読んだら、ただ感動物語に持っていかれて問題点が見えなかっただろう。自分もがん治療を経験し、またある程度世間の評価も固まったところで読んだので客観的に見られたと思う。

 個人的には、ブラックジャック先生とは何者なのか気になった。ブラックジャック先生の指導で一度はがんが消えたのに、最終的に治療を拒否される。その辺の流れがよくわかなくて不自然に感じたが、著者夫婦が色々な療法を取り入れていたのがお気に召さなかったのか。

 がん未経験の世間の方々は代替治療がいけないとか、玄米菜食がいけないとか、最初から抗がん剤やってればと言っているようだが、抗がん剤は実際きついしがんとなれば色々なものにすがりたくなる気持ちはわかるし、がんとは自分で治療法を選んで対処するものである。著者夫妻は自分達なりに考えて対応し、結果うまくいかなかったというだけのことである。

 個人的には、奥様の終末期の様子が書かれているのがとても勉強になった。どうせ死ぬならがんがいいと思っている私だが、がんで死ぬのも結構大変なのだとわかった。意識障害みたくなることもあるのだ。

 それから、病気をおして娘さんに料理を教える奥さん。それはもちろん素晴らしい。でも亡くなられた後は、娘さんにもう少し子供らしい生活をさせてあげも良かったのでは。学校の同世代の子たちは、親に甘えまくりの生活を送っているのだし。その対比が辛いのではと思う。

 どなたかがどこかで書いていたが、この本は一人の男が妻と娘に癒され励まされる物語なのだと思う。でも女性の私としては、奥さんや娘さんが語らない気持ちがどこかに隠れていると思えてしまうのである。

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さよなら、カルト村。

 前作の「カルト村で生まれました。」が面白くてつい借りてしまった次作。前作での免疫があるので(?)気楽に読むことができた。

 教義に沿った日記を書かなきゃいけないとか恐怖の個別ミーティングとかはあっても、まずは甘い物食べ放題になってよかったね(笑)やっぱり食べることって一番大事だから。

 作者のえらいところは、教義を押し付けられることの違和感をちゃんと自分のものにして村からの卒業を選択するまでを、明確に記憶してちゃんと漫画で表現していること。私だったら思い出したくないイヤな記憶として、自分の中から消し去ってしまうか、覚えていたとしてもきちんと客観視できないと思う。なにしろ成長期のことだからね。

 そして、子供はカルト村で育ったからといって教義に生きているわけではない。なにしろ自分で選択したわけではないのだから。

 出会い系サイトで結婚相手と出会うとか、作者のその後の行動にもびっくりなのだが、とにかく肝が据わっているというか、どんな環境にも負けない作者のたくましさ、しなやかさに脱帽。「カルトでヒドい目に遭った」という話ではないところがすごいんだな。

 楽しい生活になってよかったね。作者のこれからの作品にも期待。

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コンビニ人間

 最近の文学作品はほとんど読まないのだが、この作品は概略を聞いたときから読みたいと思っていた。なぜなら、私も学生時代コンビニでバイト経験があったから。でも私の場合は、コンビニのバイトですら適応できなかった(笑)仕事はあまり面白くなくレジ打ちが遅くてお客さんに怒られたり、変わったお客さんが多くてめげたり、店長がいつも不機嫌で口うるさくてイヤだったり、3か月しか働かなかったけど悠久の時の流れに思えた(笑)でも一緒に働いていた人たちは印象深くて今も覚えてるし、コンビニの日々は私のささやかな青春のひとコマだったりする。

 作品の主人公は、そんなコンビニに18年も勤めている、私から見たら逆にすごい人(笑)子供の頃のエピソードから、やや発達障害なのかなと思う。そんな主人公がコンビニに居場所を見つけて自分なりに社会に適応しているが、普通に生きてる友人たちや家族がもっと社会に適応せよとプレッシャーをかけてくる。

 地元の友人たちとの集まりで居づらい感じ、友人の夫に結婚を勧められるくだりなど「あるある」とひざを打つ。私はもうどうなるかわかっているからこういう集まりには行かないけどね。

 そこへ、コンビニのバイトをクビになったこれまた社会不適合の男性が現れ、なんでかその男性を家に呼んでしまうという目から鱗の展開に…ここから、個人的にはジェットコースターのような展開(客観的にはそうではない)

 そして最後、主人公は自分の内なる願いに目覚めるのだが…物語の最後、なぜかジョージ・オーウェルの「1984」のエンディングの「彼ばビッグ・ブラザーを愛していた」という文章を思い出してしまった。

 文学の論評はできないけど、自分と似たタイプの女性が自分なりに社会に適応していく物語として、面白く読んだ。私は瞬間の気配りをしながら体も動かしてお金も扱う仕事は苦痛だし、コンビニの時給で一人暮らしは苦しいのでやっぱり派遣の方が全然いいや。でも主人公は天職と出会えたのだから幸せだ。これからは誰に何と言われようとコンビニ道を邁進していってもらいたい。

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聞いてびっくり「あの世」のしくみ

 新聞広告を見て読みたいなと思っていた本。なんとなく、江原啓之さんの本と共通点がありそうな。

 この本は、著者が「不思議な世界の方々」から聞いた話をもとに書かれているが、江原さんの本に書いてあることと大体同じなので、死ぬ瞬間とか死後の話はだいたいこんな感じなんだろうと思う。気になるのは、自殺した人はいつまでも苦しみを引きずるということ。安楽死とかはどういう扱いになるのだろう。これからますます高齢化社会になるし、安楽死を選ぶ人は増えていくと思うのだが。

 江原さんの本は「死後を知り、死に備えることで今をよりよく生きましょう」という趣旨だったけど、この本は「あの世の人とつながってアドバイスをもらいましょう」ということであの世の人とのホットラインの作り方の説明に重点を置いている。

 私にとって一番身近な故人はやはり一昨年亡くなった母だけど、あんまり母と繋がりたいと思わないんだよな…時が遡って、現世で元気なときに会えるなら会いたいけど、霊になった母を今俗世に呼び出したいと思わないのだ。人生の最後、介護生活で辛い思いをさせてしまったので早く魂が浄化され、次のステージへ行ってほしいのだ。

 いつか、本当にすごい窮地に陥ったとき、あの世の誰かを頼るのかもしれないけどそれまで私はなるべく自分で頑張らなきゃと思う。この考え方こそが思い上がっているのかもしれないけど。あの世の人からメッセージを受け取りたい方は、具体的方法が書いてあるのでこの本はおすすめ。

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私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝

 私と小林カツ代さんとの出会いは、社会人になった年、書店で雑誌の定期購読を申し込んだときに景品でもらった「気楽弁当のすすめ」というタイトルの小冊子。カツ代さん監修で、主婦雑誌の付録だった。書店の人がなんでこれをくれたのか今でもナゾなのだが、とにかく付録と思えないほど内容が盛りだくさんで大変驚くと共に感動、これで小林カツ代という存在を知った。私のお弁当バイブルとして、未だにこの冊子はとってある。

 その後、料理番組や雑誌で見ない日はないくらい大活躍されるようになったが、くも膜下出血で倒れてからとうとう復活することなくこの世を去った。カツ代さんが表舞台から消えてから、世のお料理事情がだいぶ変わったような気がして残念に思っていた。

 評伝を読んでみて、肝っ玉母さんキャラに見えるが意外やお嬢様育ちなこと、大阪大空襲を経験されていることなどを知った。食品の研究に熱心だったお父様と料理上手なお母様、それからかねてからナゾだったご主人のことも。好きなTV番組「ファミリーヒストリー」を本で読んでいるような気持ちになった。

 それにしても、カツ代さんの料理能力はどこから来るのだろうか。私は料理コンプレックスがあるので、手早くおいしく調理ができる人、自分が決めた味を世間に提供できる人を本当に尊敬する。その極意を知りたかったが、結局「カツ代さんは並の人ではない」ということしかわからなかった(苦笑)

 文中に「紀元前、紀元後でありませんが、家庭料理の世界では、カツ代前、カツ代後という言葉があってもおかしくない」という表現があるが、カツ代休養後もある。カツ代さんが活躍しなくなってからキャラ弁(虐待弁当、嫌がらせ弁当などども言う)が流行って「キャラ弁がお母さんの愛情の証」みたいになったり、除菌ブームで手袋をしておにぎりを作る世界になったり、カツ代さんがいたらこんなことにはならなかったのになと思う。

 ずっとずっと活躍してほしかった。レシピは残っても、私には味を忠実に再現する能力がないので…でも、私も母が亡くなって自分が実家の主婦になった今、非力ながらカツ代さんのように家族においしい料理を提供していかねばと思うのだ。
 

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カルト村で生まれました。

 図書館へリクエスト出してから、かなりの時間を経てやっと手元にやってきた本。その間、少し気が変わり「なんでこの本リクエストしちゃったかな…エグい内容だったらどうしよう」と少し憂鬱にもなり。

 でも読み始めたらかわいいイラストときれいで読みやすい字、エグい話も結構ほのぼのと読めてしまいイッキ読み。

 もちろん、カルト村の生活はキョーレツだ。まず親から離されて子供同士で集団生活。1日2食で朝食抜きで学校へ行くとか、罰でご飯ぬきとか、子供にはきつすぎるよな…作者も精神不安定になってしまったというが、よく乗り越えて普通の大人になれたなと思う。そして作者が、こと食べ物に関するエピソードをこと細かく描いていて、記憶がすごいのに感心させられる。それだけ飢餓感が強かったということなのだろう。

 でも、この本を読んで思ったのは、作者が育ったカルト村がひどいというよりは、「子供の頃感じる閉塞感や焦燥感、無力感って誰も同じだな」ということ。私は地方の農村地帯で育ったので、作者が育った環境とかなり共通点がある。もちろん私は農作業なんてしないし、TVも好きなだけ見られるしご飯も3食食べられたしかなり自由な子供時代だったはずだ。でもやっぱり息苦しかった。田舎のしきたり、子供同士の人間関係、大人との人間関係。一般社会だって閉鎖的、わけのわからない理不尽な権力がまかり通っているという意味ではカルト村と変わらないと思った。

 作者は特異な環境に育ちながらも今はまともに暮らしているが、自由な環境に育ったはずの私はなんとなく煮え切らない人生を送っている。子供が育つ環境って何だろうと色々と考えてしまうのであった。

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洗えば使える泥名言

 小心者でチマチマ生きてる私は、公明正大・破天荒な西原理恵子さんのような人は苦手なのだが、新聞の広告で見て面白そうだなと思って読んでみた。私が広告で引っかかったのは「毎日ウソついたらええやん」という言葉。だめんずが、西原さんに向かって言い放ってる光景が浮かんできた。

 実際読んでみたらそのフレーズは闊達に生きてる年配の女性のセリフで、「嘘も方便、うそでも丸くおさまったらええやん」という奥深い言葉として肯定的に紹介されていた。なるほどねえ。

 私がこの本で一番印象に残ったのが「テベガメやりにいこうや~」かな。テベガメとはテレビゲーム(TV GAME)のこと。田舎ヤンキーは英語が読めずテベガメとなるのである。田舎って、本当にこういう人が幅を利かせていてそこで正しい読み方を指摘するようなヤツは空気が読めないヤツである。こういう人たちと付き合うしかない田舎の閉塞感がひしひしと伝わってきた。こんな田舎がイヤで、私も田舎を出てきたのである。

 そして本を読んで思い出す、私が言われた泥名言。一番すごかったのはデートのため一緒に行く予定のコンサートをすっぽかしておいて、「途中から行っても楽しめなかったかもしれない。中途半端に行くくらいなら、行かなくてよかったわぁ」と言った元友人。今書いてみてもやっぱりすごいなあ。それよりもっとすごいのは、ここまで言われても言い返せずその後も付き合いを続け、結婚式まで出てしまったお人よしの私だ(爆)そして、友人の方から連絡が来なくなり、数年後にネットで発見。結構成功してた(苦笑)世にはばかるのはこういう人である。

 その他は「僕には二つの顔がある」という寒い迷言もあった。元勤務先の人だったが、このセリフを聞いて「この会社にいる限りこういう出会いしかない。私、この会社に居てはいけないな」と思い退職を決意した。ある意味、私を正しい方向に導いてくれた名言ともいえる(笑)

 しかし、その会社をやめて休養中に出会わされて(出会ったと言いたくない)イベントの幹事を一緒にやった男性。私が人生で最大のストレスを味合わされた人だった。この人こそ、迷言の宝庫だったなあ…「私は、超能力者なんかじゃありませんから」とメールに書いてきたが今思うと発達障害の人だったと思う。コミュニケーション能力が全くないのに、人と関わろうとしてくるすごい人だった。こういう人は自分の適性を知らないといけない。

 話がどんどん脱線してしまったが、この本は読んで楽しむとともに自分が言われた泥名言を思い出して、人生を振り返り・反省するのに最適である。もちろん、自分の方が誰かに言ってしまってる可能性もあるけど。

 西原さんは東京へ出て来てそれなりに有名になったが、昔の田舎の仲間たちは今どんな生活を送って、そして西原さんのことをどう思っているのだろうか。ま、こういう人達は本なんか読まないだろうけどね。

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